大判例

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高松高等裁判所 昭和44年(ネ)233号 判決 1973年8月10日

控訴人

橋本良蔵

<外五七名>

右訴訟代理人

中村一作

佐長彰一

被控訴人

国鉄労働組合

右代表者

中川新一

右訴訟代理人

阿河準一

主文

本件各控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人ら訴訟代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人訴訟代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張および証拠の関係は次に付加するほかは原判決の事実摘示と同じであるからここにその記載を引用する。

控訴人ら訴訟代理人は次のとおり述べた。

一  国鉄の職員である控訴人らおよびその組合である被控訴人は公共企業体等労働関係法一七条により争議行為をすることを禁止されている。本訴請求にかかる臨時組合費のうち、スト資金積立金は右公労法一七条により禁止されている争議行為を行なうための資金であり、また年末臨時徴収、春闘臨時徴収、臨時闘争費もその内容はスト資金積立金と同様であつて、いずれも組合員たる控訴人らから強制的に徴収することのできる性質のものではない。もし、スト資金積立金が控訴人らと関係のない他の労働組合のスト支援のための資金を意味するのであれば、公労法一七条の趣旨からみて、他の組合のストを支援することも許されないから不法の目的のための資金であり、またそれは組合の目的外の用途にあてる資金であつて、個別的な同意がない以上控訴人らからこれを徴収することはできない。これらの臨時組合費は実際上、争議行為や安保闘争等の政治闘争のために用いられているものである。

二  かりに、これらの臨時組合費が組合員から強制的に徴収することのできる性質のものであるとしても、被控訴人がこれらの臨時組合費の支払を求めているのは、被控訴人から脱退した組合員のうち鉄道労働組合を結成した者に対してだけであつて、被控訴人らの本訴における臨時組合費の支払請求は、被控訴人と思想を異にする控訴人らが加入している組合に対する闘争の手段であり、権利の濫用であつて、許されない。

被控訴人訴訟代理人は、控訴人らの

前記主張に対し次のとおり述べた。

一  公労法一七条の争議行為の禁止は、本訴請求の臨時組合費の徴収を無効ならしめるものではない。その理由は次のとおりである。

(一)  これらの臨時組合費は、争議行為そのもののために徴収されるものではない。

本件の各臨時組合費は被控訴人の各運動のため、その資金として徴収されたものであるが、その性格はあくまで組合本来の業務運営の資金となる組合費であり、通常の組合費との相違は、一定時期に臨時的に増額徴収されるものか、一定の月額割合によるものかの点でだけである。その趣旨は結局通常組合費による財政上の不足をあらかじめ補充するというに帰する。

被控訴人の行なう右の各運動は、労働条件の低下防止、賃上げなど傘下組合員の経済的利益の向上のため、国鉄当局に対し有利な地位を獲得するために行なう一切の運動の総体を総称するものであつて、要求決定のための調査、集会、職場における交渉、デモ等にはじまる広範な運動の全部をいう。そして右各資金とは、そのため必要とされる旅費、文書費、連絡費、処分者の救済のための法廷資金その他多岐広範な一切の支出を総称する。

したがつて、仮りに全闘争の一局面において公労法違反等の事態が生じたとしても、少くとも費用の面では到底他と区分し難いし、また結果的にもごく一部分にすぎない。

しかも、いうまでもなく、闘争の方法は労使紛争の経過に応じて流動的であり、相手方の出方によつて変化する。したがつて本件の各資金の臨時徴収決定の時点においては、その決定の趣旨は、このように未確定でしかも広範な全運動の費用の総体について通常組合費だけでは足らないので、その補充資金として徴収されたものであつて、専ら公労法違反を目的としたり、あるいはこれと対価ないし条件づけられた資金徴収ではない。

したがつて、公労法違反の争議行為の惹起ということがあつたとしてもそれは本件組合費納入の債権、債務関係の成立の目的でも主動機でもなく、結局組合費の使用によつて起りうる将来の未必の事態であつて、債権関係にとつては一つの事情であるにすぎない。それにもかかわらず、これを理由として債権関係全体を無効であるとするならば、本来支払われるべき適式な組合費の納入義務に関し、組合の団結は甚だしい侵害を蒙り、かつ同時に当該の組合員に不当な抗弁理由と利益を与えるに帰する。控訴人らはその脱退の時点にいたるまで、被控訴人の組合員としてその地位にもとづくあらゆる権利と利益を享受していたのであり組合費の納入はこれに対する控訴人らの最少限の給付義務である。

(二)  かりに、本件各臨時組合費の一部に公労法一七条違反の争議行為の費用が含まれていたとしても、そのことによつて右各組合費の支払義務がなくなるわけではない。

すなわち、労働組合は組合費によつて運営されているのであるから、組合費支払義務は組合員の最も基本的な義務である。

これらの組合費の支払が公序良俗に反するものである場合にのみその支払義務を否定されるにすぎない。

ところで公労法一七条違反の法律効果は同法一八条に定めるところであつて、それをこえて一般的に一七条違反の争議行為を反社会的、反倫理的としているわけではない。公労法違反の争議行為について刑事免責を認めた最高裁昭和四一年一〇月二六日の判決は、公労法一七条の禁止規定を政策的なものと解している。形式的に公労法一七条に違反するような争議行為を行なつたとしても、その程度はさまざまであつて一概にこれを違法とはいえない。

公労法一七条違反の法律効果を組合費支払義務の免除にまで及ぼすことは立法趣旨に反する。

(三)  公労法一七条の争議行為の禁止は、公共企業体の職員の行なう争議行為に限られ、公共企業体以外の他の労働組合の争議活動やこれに対する支援活動には及ばない。

二  権利濫用の主張は争う。

立証<略>

理由

当裁判所の判断は、次に付加するほかは原判決の事実認定および法律上の判断と同じ(当審で新たに取調をした証拠を加えても事実認定の結論に変りがない。)であるから、原判決の理由の記載(ただし、原判決の六枚目裏五行目「池田光利の証言」の次に「および弁論の全趣旨」を追加する。)をここに引用する。

臨時組合費納入義務および控訴人らの前記各主張についての当裁判所の判断は次のとおりである。

一臨時組合費の徴収については、専ら組合員のモラルに訴え、その裁判上の請求による徴収を認めない考え方もあるけれども、組合員は、通常の組合費たると臨時組合費たるとを問わず、それが組合規約など内部の規則により正当な手続を履んで賦課・決定されたものである以上は、これを納入すべき義務を負う。この納入義務は、単に組合の統制に服すべき組織上の義務であるというに止まらず(もし組織上、統制に服すべき義務だけならば、組合費を納入しない組合員に対しては、内部における統制違反として処分の対象となるにすぎない。)、組合員の組合に対する具体的な債務であつて、その納入を怠る組合員に対しては組合は裁判上の請求により法的にその納入を義務づけることができる。そして、この組合費の納入義務は、組合員が当該組合を脱退しても、そのことにより当然に消滅することはない。と解すべきである。

けだし、労働組合は組合員の経済的地位の向上、労働条件の維持改善という組合の究極の目的を達成するために、直接、間接に必要な諸々の活動を行なうのであり、その活動は一般に、団体交渉、団体行動(但し、本件については後記のような制限がある。)などがその中心となるものと思われるけれども、それだけに止まるものではなく、組合員の福利厚生、共済事業、政治運動、社会運動(労組法二条但書三・四号参照)、他の労働者や労働組合との連帯活動、儀礼的交際など、組合本来の前記の目的達成と関連する諸々の付随的活動にも及び、これらの諸活動の総合のうえに立つてその目的が達成されていく筈のものである。

本件においては、被控訴人が国鉄職員の労働組合であつて公労法一七条により争議行為を行なうことを制限されているものの、そのほかは右の例外ではなく、以上の諸活動をなしうることをその組合規約にも明定しているところである。<証拠略>。

そして、組合のこれらの諸活動を可能ならしめる資金の源となるものが組合費である。通常の組合費は経常的に必要を予測される諸活動の資金にあてる目的のもとに定期的に一定の割合で徴収されるものであり、臨時組合費は臨時の必要に応じて賦課徴収される組合費であつて(この点は証人池田光利の証言に照らして疑いがない。)、いずれも組合財政を安定させ、組合の目的達成のための諸活動を可能ならしめ、また組合の自主、自立性を確保するために欠くことのできないものである。したがつて、賦課決定の方法、形式などに差異があつても、両者の間に性質上本質的な差異があるとは思えない。組合員は、これらの組合費を資金源として組合が行なう諸活動の成果について、ひとしくその利益を享受するのであるから、その反面において、活動の資金源となる組合費を個人的な賛否の問題とかかわりなく納入すべきものであり、この義務は組合員であることにもとづく最も基本的な義務の一つである。それは規約など、自主規範の支配する社団の中に、自発的にその一員として身を措いたことの当然の帰結である。もし、組合費の徴収が組合員のモラルにもとづく自発的な意思に任かされ、法律上その納入を義務づけることができないとすれば、組合の諸活動の基盤である組合財政を不安定にし、組合存立の基礎を危うくするおそれもなしとしないのであり妥当な解釈ではない。

結局臨時組合費は組合員の自発意思に委ねる趣旨が認められるような特段の事情がある場合は格別として、原則として組合員がこれを納入すべき法律上の義務を負うものと解すべきである。証人宮道義幸の証言の一部には以上の見解と異なる見解が示されているが採用できない。

ただし、組合がその目的を達するに必要な諸々の活動を行なうにしても、そこにはおのずから組合の目的に内在する一定の限界があり、また組合がその活動を通じて社会一般とかかわりをもつ意味において、一般の公序、良俗にもとづく制約が存在し、このような組合の目的からみて逸脱した活動とか公序、良俗に照らして許容できない活動を組合が行おうとし、それと直接に結びつく資金として組合費を徴収する場合には組合員にその納入を強制できないというべきである。

二そこで、以上の観点から、本訴請求の各臨時組合費について、控訴人らに納入の義務があるかどうかについて更に検討する。

本訴請求の臨時組合費の内容は

(一)  スト資金積立金等三、二〇〇円(昭和三六年度分五〇〇円=スト資金積立金二〇〇円、春闘資金二五〇円、炭労カンパ五〇円および昭和三七・三八年度スト資金積立金各一、二〇〇円、昭和三九年度同三〇〇円)

(二)  昭和三七年度年末臨時徴収三五円(炭労、全鉱闘争、水俣闘争等支援資金)

(三)  昭和三八年三月春闘臨時徴収二〇〇円(春闘費一〇〇円、公労協春闘経費五〇円、弾圧対策費五〇円)

(四)  臨時闘争費三〇〇円(公労協犠牲者対策資金一〇〇円、本部闘争資金一〇〇円、地方労働組合評議会・地方本部闘争資金一〇〇円、炭労三池最終資金三〇円)

となつており、これらの臨時組合費の中には前記のとおりスト資金積立金の名目で徴収の決定がなされているものもあり、直接にはスト資金の名目を用いていなくても、スト実施の闘争方針樹立と同時にこれと関連して臨時組合費の徴収決議がなされているもの((三)の春闘臨時徴収および(四)の臨時闘争費)があることが甲第六・第七号証により認められ、また右臨時組合費の中には例えば炭労カンパ資金、水俣闘争等支援資金などのように他の組合の闘争支援のための資金や社会的、政治的活動の資金と思われる名目の金額が含まれているのであるが、被控訴人が国鉄職員によつて結成された労働組合であり、公労法一七条により争議行為が禁止されているところから、このようなスト資金積立金ないしはスト実施の方針樹立との関連において徴収の決定がなされた組合費(以下便宜上、スト資金等という。)については公労法の右法条の趣旨に抵触し、公序に反するものとして、組合費の納入を強制できないのではないか、また前記の炭労資金等(以下便宜上、支援資金等という。)については組合の目的の範囲外の活動についての資金であつて、やはり組合費の納入を強制できないのではないかという疑いがないわけではない。

そして控訴人らはこの点をとらえて本訴請求の臨時組合費の納入義務を争つているのであるが、しかし、前者の疑問点については甲第四号証の一、第六・第七号証、証人池田光利、同石川俊彦の各証言を総合すると、これらのスト資金等は、あるいはスト資金積立金という名目を付し、あるいはスト実施の方針樹立と関連つけて徴収決定がなされているけれども、スト実施はあくまでプログラムであつて、現実にストを実施するかどうかは流動変転する労使交渉の将来における帰すうにより影響を受け、組合費賦課決定の当初から確定不動のものとして予定されているものではなく、要は労使間の一連の闘争(それは必ずしも実際にストが実施されることを意味しない。)や、犠牲者の救済等のため、通常組合費では負担にたえない財政上の不足を補うために、あらかじめ闘争のプログラムとの一応の関連づけをして徴収される臨時の組合費であり、スト実施のための費用として直接に結びつけて徴収されるものではないことが認められ、この認定に反する証拠はない(証人横田昭の証言はこの認定と必ずしも抵触するものとは思えない。)。

したがつて前記スト資金等は公労法一七条で禁止されている争議行為と直接に結びつけて徴収されるものとはいえない(情況の推移のいかんによつてはあるいは違法な争議行為の費用に充てられる可能性をはらんではいるが、しかしそれは確定的なものではなく未必的なものである。)ので、この点に関する控訴人らの組合費納入義務を否定することはできない。

次に支援資金等についてであるが、前述のように、組合はその目的の範囲から逸脱しない限り、目的達成に必要な付随的活動をすることができるのであり、他の労働組合の闘争支援活動や社会的、政治的支援活動もその例外ではない。そして前記支援資金等の内容からみれば、組合がこれらの資金を出捐することにより支援活動をすることは、普通、労働組合において一般的に目的達成に必要な範囲内の活動と観念される性質のものであり、被控訴人が国鉄職員の組合であることにもとづく公労法一七条の禁止にふれることもなく、また金額的にみても組合の目的から逸脱するほどのものではないと解される。

したがつて、これらの支援資金等についても控訴人らの組合費納入義務を否定することはできない。

控訴人らはさらに、これら支援資金等の中には他の労働組合の争議行為を支援する資金も含まれており、これは公労法一七条の趣旨と抵触するとして、控訴人らの納入義務を争うけれども、被控訴人が他の労働組合の争議行為を支援することは原則として公労法一七条の禁止を受けないものであり、控訴人らのこの主張は理由がない。

三控訴人らは被控訴人の本訴組合費請求は、被控訴人を脱退し鉄道労働組合に加入した者のみに対して行なわれているもので、同労働組合に対する闘争手段としてなされているものであるから権利の濫用であると主張するけれども、それだけの事情では権利の行使が濫用にわたることはないと解されるので、この点の主張も理由がない。

四そうだとすると被控訴人の請求はすべて認容すべきであるから(以上の各説示のほか請求を認容すべき理由については原判決の理由に記載してあるとおり。)、これと結論を同じくする原判決は相当であり、本件各控訴は理由がないのでいずれもこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(合田得太郎 伊藤豊治 石田眞)

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